過去の成功体験をリセットし、進化する
私たちを取り巻く環境は大きな変化を遂げてきましたが、これからはそれが加速する時代であると考えます。生成AIをはじめとしたテクノロジーの進化、少子高齢化、気候変動、そしてお客様の価値観と行動も絶えず変化し続け、そのスピードは数年前と比べても非常に速く、いずれも不可逆な変化になるでしょう。
アスクル創業の原点は、中小事業所の方々の事務用品購買に着目し、ご担当者様の不便や不都合、それを引き起こしている流通ロスの最適化に着目したところにあります。お客様にとっての価値向上を起点に、全体最適を図ることができれば、社会はより良くなるという考えが土台にあるのです。
その実現のために当社は進化を続けてきました。カタログ通信販売から始め、インターネット通販に舵を切り、30年間で日本国内最大規模のBtoB EC事業者となった成長の軌跡は、世の中の変化するスピードに対応し、絶えず変革を続けてきた歴史とも言えます。
2024年5月期は、売上高・営業利益ともに、前期に引き続き過去最高を更新しました。事業別に見ると、BtoB事業については、利益成長カーブを変えるという目標のもと、営業利益が前期から17.5%伸長しました。これまで収益性の改善に取り組んできたBtoC事業も、前期に引き続き黒字を達成することができました。
しかし売上高については、当初設定した目標に対し未達という結果になりました。特にBtoB事業について、期初計画でお約束した売上高目標を、期中に4,170億円から4,049億円に下方修正しました。売上高を伸ばすことができなかったということは、想定したとおりにお客様のご支持が得られなかったということにほかなりません。換言すれば、これまでの考え方ややり方では、お客様からご支持いただけなくなってきていると言えます。
昨今、企業の人手不足は顕在化してきています。また物価上昇は進み、健全な経済活動として価格転嫁が進んできました。こうした状況にあって、もはや1円でも安くものを提供することだけに重きを置いていては、社会やお客様の価値観と乖離していくでしょう。私たちは、長きにわたるデフレ環境下で培った成功体験をアンラーンし、いまお客様に起きている変化を正しく捉え、素早くサービスに反映しなければなりません。
データドリブン発想の強化とデータ開放による価値の共創
そこで、お客様の姿を正しく把握し、お客様にとってうれしい体験を実現するために、データドリブン発想の強化を打ち出しました。お客様の行動をデータで徹底的に可視化し、お客様へのアプローチや売り場設計、商品開発、価格設定、意思決定そのものに、データをフル活用する思考に転換していきます。
私たちは、Webサイト等の売り場や、商品企画・調達から配送に至るまでのバリューチェーンを自社グループで構築しています。各段階から蓄積されるビッグデータの量・質ともに、日本国内のEC事業者の中でも最大級です。データドリブンな発想に基づき、バリューチェーン全体でDXを強力に推進していくことで、お客様にとって最高の購買体験を構築していきたいと考えています。
お客様へのさらなる価値提供という視点においては、自社化することのみではなく、様々なパートナーにもデータを開放、共有して価値を共創できるような形で、強みを進化させていきます。
次期中期経営計画に向けて
当社は2021年7月に初めて、中期経営計画という形での経営目標を公表しました。2025年5月期はその最終年度となり、現在は、次のステージを見据えた中期経営計画の策定に入っています。
現中期経営計画において、「オフィス通販からのトランスフォーメーション」として業績目標を社内外に示したことで、社員にとっては進むべき方向が明確になり、また投資家の皆様ともコミュニケーションの共通の指針ができたことは、良い点であったと考えています。中期経営計画で業績目標を掲げていなければ最高業績の更新も達成できなかったでしょう。
しかしながら、中期では、3~5年程度の将来を見通し、目標設定をしながら経営していくと、既存の延長線上での発想にしばられがちです。これらの課題も踏まえ、より長期的な視点でビジョンを定め、当社やステークホルダーの皆様にとってベストな目標設定のあり方を議論しています。
アスクルのトップとして、まず問われるのはアスクルのビジョンや進化の方向性を示すことです。正直私はビジョナリーなタイプではないですが、決して揺らぐことのない「経営の大義」を定めることは大事だと考えます。
当社の企業理念のDNAである、「お客様のために進化する」という言葉にも表れているように、社会やお客様の行動の変化に合わせて、私たちが提供するサービスは進化していくべきです。長期視点で、具体的にどのような問題が起こり、どういった技術が出てくるのかは見通せませんが、すでにAIの進化、人口減少や超高齢社会の到来、それに伴う人手不足など、戻ることのないトレンドは加速し課題はどんどん顕在化します。そうした長期的な社会の変化を見据え、当社がどのような企業を目指していくかというビジョンはお示ししながらも、その実現のために提供すべき事業や、達成度を測る指標については、ある程度柔軟に決定していけるようなスタイルが当社には適していると考えています。
次回発表する予定の経営目標については、こういったアプローチも含めて検討している最中です。
自分ごと化でエシカルeコマースを推進
エシカルeコマースは私たちが事業を通じ、何を目指していくのかを示す、「経営の大義」として定めたものです。このエシカルeコマースとは、経済価値と社会価値を両立させる、トレード・オンのサービスを提供していくという考え方であり、そうした意味において、中期経営計画よりも上位に位置する概念です。
正しい目標を掲げていても、自分ごととして取り組まねば継続しません。社員が取り組んでいることにやりがいを感じ、お客様・地球・社会の「うれしい」を一致させるため、2024年5月期は評価指標などを整備し、エシカルeコマースを社員が自分ごととして捉えやすくなるような取り組みも進めました。
アスクルはバリューチェーンを自ら構築していることから、エシカルな視点で配送効率まで考えて商品設計することも可能です。例えば、グループ会社の嬬恋銘水で製造しているLOHACO Waterシリーズについてご紹介すると、お客様にお届けする配送用ダンボールの底面に合わせた新規格サイズの外装箱を採用することで、配送用ダンボール箱の底面に隙間なく収まり、他商品を破損させずに同梱でき、それまで2箱でお届けしていたミネラルウォーターを1箱のダンボールにまとめてお届けすることを可能にしました。商品本体をラベルレスにして環境に配慮するだけではなく、お届け後のお客様の使い勝手や、eコマースを前提にした輸配送効率まで考慮に入れて外装箱を設計し、荷物の積載効率向上を実現する商品を開発したのです。マーチャンダイザー、調達、ロジスティクスなどの関係部門が一丸となって、アイデアを出し合って取り組み、会社全体でエシカルeコマースの概念を事業に落とし込んだ例と言えるでしょう。
自らの企画がどれだけお客様や社会、環境、そして当社の利益に影響するかという実感を得ることで、社員の意識が変わっていることを感じます。エシカルeコマースのようなムーブメントも、小さな成功体験を積み上げることから始めることが重要であると、私は考えます。
パートナーに共感していただき、ムーブメントを高めていく
エシカルeコマースは、アスクルの商品を購入することで自然と社会課題解決やその活動に参加できるという仕組みをつくるものでもあります。それはつまり、お客様との接点を持ち、購買データを得られる当社が、パートナーに対してその活動をご提案し、リードできる立場にあるということです。
エシカルeコマースの推進には、メーカーなどのサプライヤーをはじめとした外部のパートナーに共感していただき巻き込んでいくことが重要です。2023年からの変化として、メーカーからのエシカルeコマースに対する取り組みの温度感が、確実に上昇していると感じます。
例えば、Go Ethicalという取り組みは、品質自体には問題がないにもかかわらず、販売期間の終了やパッケージ不良などの理由で、メーカー側で廃棄されていた商品を、廉価で販売するものです。廃棄ロス削減につながるという目的を、お客様にご理解の上でご購入いただいており、メーカーからも、商品廃棄コストを削減できるだけでなく、ブランディングにもつながる取り組みであるとして、大変好評をいただいています。
多くのメーカーは、商品を製造した後の販売プロセスは自社で有していないため、バリューチェーン全体を通じて環境負荷の低い商品を開発するには、高いハードルがあると言えます。その点、当社は自ら構築したバリューチェーンを有しており、配送をはじめ各段階で収集したお客様の声を分析できる強みがあります。
お客様に関するデータが取得できるからこそ、CO₂排出量や商品環境スコアなど、測定可能な数値を商品ごとに可視化する取り組みと組み合わせていけば、エシカルeコマースはより訴求力を増すと考えています。パートナーとともに持続的な価値を創造する、「サステナブル・ハブ」としての存在感をより高めるため、ステークホルダーをさらに巻き込むような仕組みを構築していきます。
大企業病打破に向けた人材育成と対話の充実
当社はカタログ通販から始まり、eコマース事業へと進化し、データを駆使してBtoB日本国内最大規模のEC事業者として成長してきました。しかし、こうしたサービス自体は、すでにコモディティ化しつつあります。
この30年間成長を続けてきたものの、変革スピードが落ち、大企業病という慢性疾患を患っている、と危機感を持っています。この課題はいくつかの要因が重なり合っているため、即座に解決できるものではないと考えます。問題の背景と構造を一つひとつ解きほぐしていくほかなく、その上で重要なことは人材育成と対話であると考えています。
これまで当社は、ビジネス成長に合致するスキルを持つ、即戦力となる人材を採用し、成長してきました。急成長している時期には、そうした方法に合理性がありましたが、サービス自体がコモディティ化していくフェーズでは、基礎的なビジネス能力を再点検し、環境変化にマッチしなくなったスキルをアンラーンし、実践を通じて変革志向のスキルを育んでいくことが重要であり、その流れに即して人材戦略も変化させていかなければいけません。
今後、これまでの延長線上にない発想をする組織へと変革を遂げるには、内向きの視点ではない、多様な視点やアイデアが必要です。そのためには、必要に応じて外部の力も積極的にお借りして、企業側から能動的に、社員に様々な経験を積ませるような育成の仕組みや、専門性の高い人材の育成制度を整えていくべきだと考えています。
当社は、すでに連結では社員数3,000人を超え、いわゆる大企業というくくりに入ります。社員数の増加に伴い、現場と経営の距離は遠くなります。よって経営陣と社員が戦略の共有と対話を密にすること、認識ギャップをなくすことに私自身もより注力していく考えです。そして、経営の目指す方向性を絶えず社員に発信し続けていくことも大切でしょう。CEOと社員との直接対話会(CEOタウンホールミーティング)も全社員終了(計186回、1,011名実施)し、今後も取り組みを継続していく予定です。
また、成功事例を称え、発信していくことも有効です。その具体策の1つとして、2023年に「ASKUL WAY アワード」を設立しました。社内の良い成功事例を表彰する制度であり、変革とはどのような取り組みを指すのか、思考の糸口を社員に共有する機会になっています。また、経営陣のメッセージとして、チャレンジを歓迎するという姿勢を示すことで、新たな取り組みを促進する目的があります。
当社が今後も、お客様から支持されるサービスを創出し続けるには、人材のスキルアップのスピードを上げるとともに、そのための育成・投資を強化する必要があります。それに応じて賃上げできる構造をつくり、持続的に採用・人材投資を行える循環を作っていきます。
トランスフォーメーションの先に見据える未来
改めて、当社がどのような価値を提供し続けてきたかということに立ち返れば、お客様が間接材のご購入に割いていた時間に着目し、事業を通じてその効率化に寄与することで、企業の生産性を高めることに貢献してきた自負があります。お客様自身が気づいていない、「面倒くささ」の中に、当社ビジネスの出発点が存在します。
当社はこの数年間、「オフィス通販からのトランスフォーメーション」を目指してきました。その結果、当社のサービス領域は、オフィス用品をお届けすることにとどまらず、医療・介護や製造業と、あらゆる仕事場へと拡大しています。いまや、日本国内でBtoB事業の顧客基盤、特に、中小事業所の顧客数としては日本最大級の規模を持つ私たちがさらに視野を広げれば、企業の生産性向上に貢献できるサービスは物販以外にもまだまだ大きなポテンシャルがあると考えています。
オフィスの仕事は、事務用品購入だけでなく、人事、総務、財務経理、法務にまつわる様々な業務、それらのペーパーレス化、ITツールの導入など多岐にわたります。間接材購入から間接業務へ視点を広げ、お客様の生産性をさらに向上し、本業への専念に資するサービスを提供するということが、今後向かう方向として考えています。現在展開している、バックオフィスのDXを支援するサービス「ビズらく」も、その1つです。
こうした物販以外の領域でのサービス提供は、「オフィス通販からのトランスフォーメーション」の先に見据える、当社の価値提供のあり方と言えるでしょう。
「うれしい」を届け続けるために
今後も進化し続けるためには、過去の統合報告書でも申し上げてきたように、私たち自身が、過去の手法をアンラーンする必要があると考えています。
当社はテクノロジーの進化を、次なる価値創造のきっかけとして、ポジティブに捉えていくべきと考えています。日本最大級の中小企業の購買データを基盤にAIを中心としたテクノロジーを積極活用し、スピード感を持ってビジネスに活用していくことによる価値創造は、ご期待いただきたい点です。
変化が激しい時代にあっても、私たちが見据える方向にブレはありません。それは、日本の中小企業をはじめ、あらゆる職場・働く方々に、ありたい自分を実現するための時間を、アスクルのサービスを通じて提供していくこと、そしてそのサービスが、地球環境や社会にとっての「うれしい」と両立するよう、ビジネスモデルを進化させていくことです。
数十年後も、アスクル自身が存在価値を見出せるような企業であるために、進化の礎を築いていきます。
2024年11月